ray15-24のブログ

自分を理解すれば自分を活かせる!

怒りで我を忘れてるんだわ

皆さんこんにちは 

風の谷のナウシカが大好きな

心理カウンセラーの小川なおみです。

 


早速ですが

 

あなたは

子ども、パートナー、 人間関係でむかっとする時ないですか?

ありますよねw


その怒り、本当のところは過去の悲しみです。

 


今回は

「だって夫が!」

「だって子どもが!」

「あの人がムカつく事をしてくるから腹が立つのよ!」

と思っているそこのあなたに向けてお役に立てる情報をお届けしたいと思います。

 

例えば

体、全体に塩を塗ったとします。

傷口が無ければ塩がかかっても、しみる事はないですよね?

 


しかし、見えない傷口があったとしましょう。

するとそこは痛いし、しみるわけです。

 

 

ここで話したい事は
塩はただの出来事(相手は傷つけようとしてやっているわけではない)

という事です。

 

 


同じ出来事が起こっても、怒る人と反応しない人がいて、

その違いはその人に傷があるかないかであるという事なのです。

 


私たちは幼少期に大なり小なり沢山の傷ができて、今もその傷は完治しないまま

日常を送っています。心の傷は見た目では分からないし、当人ですら気が付かないものが多いです。

 


しかし他人の言動が自分の傷口の場所を教えてくれます。それは他人の言動にモヤっとしたりイラっとしたり、カーっとなったりと怒りやネガティブな感情が沸き起った時です。

 

 

 

例えば私の例ですと

子どもの名前を呼んでも、子どもがユーチューブに夢中で

私の声に気が付かない時

 


『何度も呼ばせんなよ!一回で気付けや!』

という心の声が湧き起りましたw

 

 

しかしその下にある感情は

『一回で返事してくれないって事は、私なんて大した人間じゃないって事?

私なんかどうせ、どうでもいい人間って思ってるんでしょ?』でした。

 


しかし、大した事ない人間とか、どうでもいい人間なんて

子どもは一言も言ってません。

 


つまりこれは自分で自分の事をそう思ってるから、そんな言葉が出てくるわけです。意識の上では自分の事は大切だと思ってるつもりでしたが、無意識では自分の事を大したことないどうでもいい人間と思っていたのです。

 


ではなぜ自分のことをそんな風に思う様になってしまったのでしょう?生まれたばかりの赤ちゃんが「私なんてどうせ・・・」とは思いません。

 


私たちは生育過程において親や学校から、しつけだったりルールを学びます。その経験の中で「私はダメな人間なんだ」「私が役に立たないから怒られたんだ」など自分が悪いとか価値が無いと捉えてしまい、その捉え方を繰り返してしまうと、「私なんてどうせどうでもいい人間」などというセルフイメージが出来上がるわけです。

 


つまり私は目の前の子どもにムカついたのではないという事です。

 


正確には、子どもの言動を見て過去の傷口が刺激されているだけ。

 


それは幼少期、親とのやり取りで感じた、成仏しきれてない悲しみや絶望の感情です。

 


その悲しみは、心の奥の物置部屋に封印されていて決して開かないように何重にも鍵までかけています。

 


なぜなら、そのドアを開けてしまったら悲しみの感情があふれ出し、日常の生活が送れなくなるかもしれない。抑圧して鍵をかけて門番まで立てて、開かないようにして、バランスをとってきたのに解放してしまったらどうなるかわからない。という自分でも認識できていない領域。

 

封印してた方が自分にとって都合がいいのです。

もちろん、そこも自覚出来てなかったりします。

だから傷口を刺激する様な出来事を目の当たりにすると、瞬時に「怒り」という門番が前に出て、悲しみを感じない様にしてくれているのです。

 

ですので私の「何度も呼ばせんなよ!一回で気付けや!」という怒りの奥には、幼少期、親にかまってもらえなくて淋しかった小さな私の悲しみが、成仏されずに肥大化し、ドロドロの状態になっていたというわけです。

 


実にややこしいですね

 


でもそれに先ず気付いて、悲しみを物置から出して、しっかり感じる事で成仏できます。

 


怒りは自分自身を守ってくれていると同時に

そろそろ過去の傷を浄化してあげて!という事も私たちに知らせてくれているのかもしれませんね。

 

読んでくださりありがとうございます。

それではまたです(^▽^)/

 

 

その守り方、古いかも⁈

こんにちは!

心理カウンセラーの小川なおみです

 

あなたはこんな経験ないですか?

「行動したい!でもできない・・・」

 

例えば

「私も意見が言いたい!

でも言ったら嫌われるかもしれない」

 

そんな葛藤がある時



心はアクセルとブレーキを一緒に踏んでいる状態です

 

なので、かなりのエネルギーを消耗し疲弊します

 


そんな時は一度立ち止まり、一旦心の整理をしてみる事をお勧めします



自分に聞いてみて下さい



ℚなぜ嫌われると感じるのですか?

 

➡例)私が自分の意見を言ったら、相手の人が

否定されたと思って、私を敵視する様な気がする。

 


ℚ過去にも同じような経験がありませんでしたか?

できるだけ幼いころを思い出してみてください

 

➡例)保育園の時、自分の意見を言ったらいじめられた。

それで、意見を言ったら面倒な事になるんだと思った。

いつの間にか意見を言わなくなった。

 

つまり意見を言えないのではなくて

意図して意見を言わないという選択をしてきたわけです。

自分を守るために

 

しかしそれは子どもの頃の自分の守り方

大人になるに連れて今度はそれが逆に自分を苦しめる生き方になってきたわけですね。

 

自分の意見をずっと無意識に禁止してきたわけなので

それはとても息苦しいです。

 

こんな感じで自分と向き合い
、


それを言語化して言葉にしたり、文字に起こしながら

掘り下げていく事で自覚出来ていなかったことを脳が認識出来るようになり

本質に近づいて行きます。



そして、更に聞いてみてください

「本当はどうしたいの?」

 

➡例)他人を尊重した上で、自分の意見を上手に伝えれる様になりたい。

 

など、自分のゴールを明確に認識していきましょう!



ところが、じゃあ、いざやろうとしても、やはり、今までずっと自分を無意識に抑圧し他人の顔色を伺って生きてきたので、自由に生きよう!やりたい事やろう!自分の意見を伝えよう!と思っても、得体の知れない恐怖が出てきて、その一歩が踏み出せず、行動ができないという場面に直面したりする事があります。


さて、一体、何が怖いんでしょうか?

 

周りの人たちからのバッシング⁈



実はその正体は『親』です。

 


親が支配的だったり過干渉だったりすると、子どもの頃は自分1人の力で生きていけないので、長い間、親に従って自分の意見を我慢し、やがて自分の力で自分の思考を回す事が出来なくなってしまいます。私がそうでした。



なので、いきなり自分の人生、自由に生きていいよ!と選択肢を目の前に出されたとしても親の目(世間の目)が感覚的に怖くて選ぶ事ができなかったりするのです。



しかし、この恐怖を見て見ぬ振りをせず、丁寧に向き合う事によって幼少期の怖かった感覚とリンクしている部分を切っていきます。

すると、責任を伴う大人の自由を、沢山の選択肢の中から選べる様になっていきます。



先ずは
「私は今まで自由に生きた事がないから怖いんだな〜」という今まで抑圧してきた悲しみをしっかり感じて成仏させる事が第一歩です。

 

読んで下さりありがとうございます。

 

では、またです(^▽^)/

 



 

脳の仕組みと言葉

 言葉は脳に影響を与える


言われた言葉


言った言葉で現実がつくられる



そして脳は主語を認識できない


相手に浴びせた罵声は自分の事と認識する


相手を責める事は自分を責めているのと同じ


 

とはいえ、ストレスを我慢すると溜まる


 

溜まると爆発する


 

そうではなく、ストレスが溜まる根本原因を見つけて根っこから改善していけば同じ現実が起きても腹が立ったりイライラしなくなる



 

今日はそんなお話でした

読んで下さりありがとうございます

では、またです(^▽^)/

 

 

 

 

#怒り #脳 #言葉 #自分と向き合う #骨伝導 #心理学 #マルトリートメント #脳の傷 

テイクかギブか

こんにちは。心理カウンセラーの小川なおみです。

今回は私のカン違いしていた子どもへの愛についてお伝えしたいと思います。

 

まず、ここでの『愛する』の定義をわかりやすくするために

愛する=ギブ(与える事)

愛の反対=テイク(得ようとする事)

として話を進めていきますね!

 

以前私は宿題をやらない子どもに対して口うるさく「宿題は終わったの?」と言っていました。それでもやらずダラダラしてる姿を見て、「あなたの為を思って言ってるのになんでやらないの?」とキレ気味で言ってました。

 

この出来事を分解して考えてみましょう。

 

子どもが宿題をやらない事で私がなぜイライラする必要があるのか?

子どもの問題なのに、なぜ私がソワソワする必要があるのか?

 

最初は

だってそういうもんだから!

宿題はやるべき事だから!

 

という、べきねば思考の答えが出てきましたが、そこから感情にフォーカスしていき、私に何があるのかを見ていくと

 

恐れや不安がありました。

 

こどもが学校で先生に叱られて凹んでいる姿を私が見たくなかったのです。

一見、それは優しそうな感じもしますが、実は自分の為にやっている行為でした。

 

「私が小学校の頃、怒られて嫌だったから、子どもに同じ思いをさせたくない!」

だから子どもに宿題をやらせる。

 

そう、自分が安心したいから➡テイクということです!

 

 

また、【宿題をやっていかなかったら怒られるという経験】を子どもからうばっているという事にもなります。大人になる前に沢山、安全な失敗をさせてあげるのがギブだとしたら、経験自体をうばっているので➡これもテイクともいえます。

 

以前の私は「先生に怒られることは悪い事で、メリットは一つも無い!」という偏った視点しか持っていませんでした。

 

 

また、【子どもを信じてない自分】も発見しました。

私は子どもが、先生に怒られたら、直ぐに傷つく弱い子だと心の底で思っていたのです。

 

だから失敗させないように道に転がっている砂利とか石を私が一生懸命取り除くのです。そうやってつまずかないように道をきれいにしてあげることによって子どもは自ら考えなくなり、失敗はいけない事と捉えるかもしれません。

 

そして子どもは失敗するのがダメな事なら、確実にできる事しかやらなくなり、チャレンジをしなくなります。

 

すると、結果的に子どもの可能性をつぶすことにもなりかねません。

そうなると本末転倒ですよね。

 

私が子どもにとって良かれと思ってやっていた事

親として当たり前だと思ってやっていた事でしたが、ふたを開けてみると自分の不足部分を埋める為に子どもからテイクしていたという事が分かりました。

 

子どもからテイクするなんて親として恥ずかしいと思いましたが、ここで自分を責めるのは何のメリットにもなりません。

 

気付けてよかった!という視点で、

本当はどういう自分で在りたいのか?

と自分に問い、選択しなおせばいいんです。

 

とは言え、心の中というのは物質化されていないので、心の中にあるものを目の前に持ってきて整理する事ができません。なので、自分の事なのによく分からないという事になってしまいがちです。

 

そんな時は、是非、私たち知識のあるカウンセラーのサポートをご活用ください。

 

今日はそんなお話でした。

読んで下さりありがとうございます。

では、またです(^▽^)/